やってしまったモリケイの話

Opinion・特集

以前に、すべてのサラブレッドは血統が明らかで、サイヤーラインを遡れば始祖の3頭に辿り着くという話をしました。

逆に言うと、仮に父がわからないまま妊娠してしまったら、その仔はサラブレッドとは認められないことになります。

そこで今回は1974年に産まれた牝馬モリケイの話です。

モリケイは競走馬としてはデビューが遅れ1977年7月牝馬のクラシック競走(桜花賞、オークス)が終わった夏にデビューしました。結果は2着。その後1着、2着、1着と上々ですがクラスが上がって頭打ちになり、その年は終わり、事件は翌年3月16日に起きます。その朝、馬房でなんと男の仔を出産していたのです。

現在では厳しい管理下の元、このようなことが発生する術がありませんが、当時でもそれなりに管理下に置かれていたわけですから極めてまれなケースです。

日にちを逆算していくと、デビュー前の放牧中に妊娠した可能性が高いのです。ということは妊娠しながら競争をして勝っていたということになります。

当時の記憶では、厩舎の火事が原因で馬たちが厩舎から出てしまったときにおこったと記憶していました。今回、結構検索してみましたが、そのような事実には行き当たりませんでした。むしろ、「放牧先での火遊び」とか下世話な芸能ネタみたいな記事がありました。

その後モリケイは競争に復帰して更に3勝を挙げ(すごい!)、引退後には晴れて繁殖牝馬となって7頭の産駒を産みますが、中央で勝ち星を挙げたのは1頭のみで3勝どまりでした。

生れた仔はどうなったかというと競走馬としては認められないので、「日吉丸」という名がつけられ乗馬になったそうです。父無し仔はサラブレッドでもないという人間社会よりも厳しい現実がありました。ただ、通常牝馬は競争引退後は繁殖牝馬として活躍の場が与えられますが、牡馬はごく一部が種牡馬か乗馬になりますが、多くは、、、、。

現在であれば、DNA鑑定で日吉丸の父親は分かったかもしれません。ただ、乗馬で良かったのではないかと思います。

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